爆風銃に関する考察

 

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人間、過去を振り返ることは重要なことである。ましてや、爆風銃のように日本の音楽史に影響を与えたバンドである。なぜ、解散に至ったかを検証することは、今後の彼らの再結成に向けた活動に大いに役立つはずである。

石垣 力さんの半生記は、まさに爆風銃の記録でもある。どのように誕生し、どのように活動し、そして、どのように終わったか。読み進んでいくうちに、その原因?要因?が見えてきた気がする。

爆風スランプを結成したあたりの記述に、「爆風銃が、どんどんアーバンになり洗練されていったが、ファンキー末吉は、それを喜んではいなかった。『かっこよくなりすぎて...』と、こぼしていたこともあった」と記述している。そうなのだ!ファンキー末吉という男は、音楽に対して常に「プリミティブでアグレッシブな感性」を求めている。これは間違いない!

“East West” でグランプリを受賞した「いかしたFunkyダイナマイト!」も「Sweet Soul Music」も、そうした「プリミティブでアグレッシブな感性」が光る曲である。しかし、活動が進むにつれて、ファンキー末吉の楽曲参加はなくなり、ホッピーとかんじさんが書く曲が主流となる。メジャーデビューを目前にし、アーバンで洗練されたサウンドに変貌していく爆風銃。

ファンキー末吉は、アーバンで洗練されたと感じる爆風銃から、もう一度、フライと共に立ち上げた時の「プリミティブでアグレッシブな爆風銃に戻るべきだ」と考えていたのではないだろうか?今考えると、爆風銃時代に爆風スランプでリリースされた「踏んだり蹴ったり」の原曲は作られている。このデモテープをスタジオに持ち込んで、メンバーに聞かせたところ、フライが「この曲は、俺はよう歌われんで、末吉が歌ったらええ!」と言ったのをよく覚えている。

私も「冗談が過ぎるよな末ちゃん。こんなコミカルな曲は爆風銃には似合わないよ!」と思った記憶がある。しかし、これはファンキー末吉の冗談で作った曲ではない!プリミティブでアグレッシブな爆風銃に “Get Back” させるための曲だったのだ。おそらく、この曲がボツになった時点で、ファンキー末吉の中の張り詰めた糸が、この時「プツン」と切れたのではないだろうか?

爆風スランプの初期の曲は、まさに「プリミティブでアグレッシブな感性」により出来上がった曲が多い。コミカルに聞こえるのは、中野や河合のキャラが立っているせいで、決してコミカルなバンドとして片付けられる楽曲群ではない。だからこそ、「あれほどまでに上り詰められた」と言っても過言ではない。

しかし、そのファンキー末吉が爆風スランプをもう一つ上のステージに持っていくためには、「アーバンで洗練されたサウンド」を作らざるを得ない状況に追い込まれる。

それが、「ランナー」の誕生であろう。

ただし、その曲の誕生は、ファンキー末吉の音楽活動を追い込んでいくことになる。そして、彼はまたしても「プリミティブでアグレッシブな感性」を求めて中国に旅立ってしまうのだ!

そう言えば、末ちゃんに「なんで、中国に行って音楽活動するの?何の意味があるの?」と聞いたことがある、その時、末ちゃんはこう答えたのを覚えている。「今の中国には、わしが東京に出てきた時の猥雑でエネルギーが充満していた、あの頃の東京によく似てるんや!」

ファンキー末吉にとって、音楽は「生きざま」なのである。だから、常に「プリミティブでアグレッシブな感性」で奏でなければならない。XYZ→Aを結成した時、「なんで、今さらヘビメタやるんだろう?」と思った。しかし、ヘビメタほど「プリミティブでアグレッシブ」な音楽はない。アーバンで洗練されてしまっては、「ヘビメタ」とは呼べない。おそらく、そんな気持ちがあって始めたと思う。

当時の爆風銃は、ほーじんが書簡で述べている「向こう見ずで恐い物知らず、当時のテクノロジー、若者特有のアンチテーゼの上に成り立った、非常に前のめりなバンド」が特徴だった。しかし、力さんが感じるように、「アーバンで洗練された爆風銃」に変貌していくように、第3者からは見えていたのも事実なのだ。その空気がバンド内のおいて各メンバーにすきま風を吹かすようになったのではないか?

リハーサルだけで集まるのではなく、もっとメンバー間で話し合うことも必要ではなかったか?と、今は思うのである。

これは私の感想だが、ファンキー末吉のそんな気持ちをホッピーは感じ取っていたのではないだろうか?それを話し合いではなく、曲を提供することで「俺は分かってるよ!」と伝えようとしたのではないかと思う。その曲は、「ダイアモンド・ヘッド」である。

あの曲は、まさに「プリミティブでアグレッシブな曲」である。極端に、それを表現した曲であると思う。しかし、フライはあの曲に関して、否定的な意見を最近の会話で言っている。「あの曲を歌うのはしんどかった」と...

「プリミティブでアグレッシブな感性」の解釈もメンバーそれぞれがあったのだろう。

とどのつまり、実は爆風銃のメンバー全員が「プリミティブでアグレッシブな感性」で音楽を続けてきたことが分かる。解散後に録音されたフライのデモテープに収録された「戒厳令の夜」と「すべての若き野郎ども」の2曲(この2曲は、フライの要望があり公開はできない)も、プリミティブでアグレッシブな曲だ。

PINK以降のスティーヴやホッピーの音楽活動も、まさに「プリミティブでアグレッシブ」な活動をしてきたといっていい。

ではなぜ、爆風銃は解散してしまったのか?

私は、ちょっとしたボタンの掛け違いから、メンバー間の気持ちが離れていったのではないかと思っている。もっと、話し合うべきだった。

しかし、「メジャーデビューしなければ!」という空気が、そうさせなかったのかもしれない。

でも、今は違う。

別に、メジャーデビューする必要も「アーバンで洗練されたサウンド」を作る必要もない。

だからこそ、もう一度、6人が集まって「プリミティブでアグレッシブ」なファンク・ミュージックを作り上げて欲しい。

50年先、いや100年先の音楽を志す若者たちへの礎を1枚のアルバムに収めて欲しいのだ!

 

今や爆風銃は、各メンバーにとって “One Of Them” な存在である。それでいいのだ!

音楽は、生きざまで表現するものだということを教えて欲しい。爆風銃とは、そういう集合体であることを「今の私たちに」見せつけて欲しいのである。